脳卒中後の肩の痛みは、発症後に生じる合併症のなかで最も頻繁に遭遇するものの一つです。研究によって差はありますが、おおよそ2〜4割の患者に生じるとされており、リハビリの継続やADLを妨げる要因になり得ます(Turner-Stokes et al., 2002; Adey-Wakeling et al., 2015)。
しかし「肩が痛い」という訴えに対して、原因を整理せず同じアプローチを当てることは適切ではありません。脳卒中後の肩痛は、亜脱臼・痙縮・軟部組織短縮・中枢性疼痛・CRPS・肩甲帯の運動不良といった複数の要因が単独または複合して生じるため、原因分類が介入の前提になります。
この記事では、脳卒中後の肩痛を「肩そのものの変化」と「脳卒中後に生じた変化」に分けながら、原因・評価・介入の流れを整理します。
脳卒中後の肩の痛みとは何か:よくある合併症だが原因は1つではない

脳卒中後の肩痛は「肩そのもの」と「脳卒中後の変化」を分けて考えることが出発点です。
研究でわかっていることを整理すると以下のとおりです。
- おおよそ2〜4割にみられる合併症である
- 上肢運動麻痺が強いほど肩痛が出やすい傾向がある
- リハビリやADLを妨げる要因になりやすい
- 早期評価と原因分類の重要性が指摘されている(Anwer et al., 2020)
軟部組織・痙縮・中枢性疼痛が重なりうる点、そして肩だけを見ても不十分である点が、この問題を複雑にしています。原因分類によって対応が変わるため、まず全体像を把握することが先です。
なぜ肩が痛くなるのか:複数の要因が重なりやすい

脳卒中後の肩痛の原因は一つではありません。以下の6つの要因が単独または組み合わさって生じます(Turner-Stokes et al., 2002; Kalichman et al., 2011; Dyer et al., 2020)。
- 亜脱臼:支持低下により上腕骨頭が下方へずれる。痛みと直接対応しない場合もある。
- 腱板障害・インピンジメント:繰り返しの負荷や不良肢位による腱板への慢性的な負担。
- 肩甲骨の運動不良:麻痺側の筋活動低下により肩甲骨の土台がずれ、上腕骨との動きが乱れる。
- 関節包の硬さ(拘縮・凍結肩):不活動や不良ポジショニングが続くと関節包が硬化しやすい。
- 痙縮・筋短縮:内旋・内転方向に偏り、外転・外旋可動域が制限されやすい。
- 中枢性疼痛:脳卒中による神経回路の変化から生じる脳由来の痛み。
同じ「肩痛」でも原因は人によって異なります。亜脱臼だけ、痙縮だけで説明しきれないことが多く、多因子として読む視点が必要です。
痛みが出やすい人:リスク因子を知ると早く気づける

肩痛のリスク因子を知っておくことで、発症前からの予防的アプローチが可能になります。研究で一貫して報告されている要因は以下のとおりです(Holmes et al., 2020; Anwer et al., 2020; Adey-Wakeling et al., 2015)。
- 上肢運動麻痺が強い:最も一貫した関連因子であり、随意運動が乏しいほどリスクが高まる傾向がある
- 感覚障害や注意障害がある:痛みの自覚や体位修正が困難になりやすい
- 肩の既往痛・糖尿病がある:発症前からの肩の問題や代謝疾患が背景になることがある
- 不活動・不良ポジショニングが続く:入院期間中の腕の扱い方が関節への負担につながる
- 介助や移乗で肩に牽引がかかる:特に亜脱臼のある時期の引っ張り動作がリスクになる
最も一貫した因子は上肢運動機能低下であり、早期から予防介入する価値があります。「痛くなってから」では対応が遅れることがあります。
早期に多いメカニズム:弛緩・支持低下・亜脱臼

発症初期の弛緩性麻痺の時期には、筋の活動が低下したことによる支持機能の喪失が肩の問題の起点になります(Paci et al., 2005; Turner-Stokes et al., 2002)。
この時期に起こりやすいことは4つです。
- 三角筋・棘上筋の活動低下により上腕骨頭を引き上げる力が失われる
- 肩甲帯の支持低下により肩全体の土台が不安定になる
- 座位・立位で重力により腕が下に引かれ、亜脱臼が生じやすくなる
- 不良ポジショニングが続くと軟部組織への負担が蓄積する
誤解しやすい点として、亜脱臼は必ず痛みを伴うわけではなく、痛みがなくても亜脱臼は起こりうる点があります。また亜脱臼だけで肩痛のすべてを説明することもできません。早期の肩痛予防では「支持」と「取り扱い」が鍵になります。
遅れて増えるメカニズム:痙縮・短縮・肩甲上腕リズムの破綻

回復期以降、痙縮が出現してくると肩痛の様相が変わります。上肢が内旋・内転優位になることで、肩の構造的な問題が加わってきます(Struyf et al., 2023; Xie et al., 2021; Teasell et al., 2012)。
- 内旋・内転優位で肩が前に入りやすくなる:外旋可動域が制限され、外旋しにくい状態が定着しやすい
- 肩甲骨の上方回旋・後傾が不足しやすい:肩甲骨が土台として機能しにくくなり、肩甲上腕リズムが乱れる
- 他動外転や外旋で痛みが出やすくなる:特に外旋可動域の評価が重要になる
- 関節包の硬さや凍結肩が重なることがある:不動が続いた結果として二次的に生じる
- 痙縮優位では筋への対応も必要になる:動かし方にも工夫が求められる
「痙縮だけ」ではなく肩甲骨と可動域も合わせて見ること、そして無理な可動域練習は逆効果になりうる点を忘れないでください。
見逃しやすい痛みのタイプ:中枢性疼痛やCRPSを除外しない

肩周囲の筋骨格だけでは説明できない痛みが存在します。「痛い場所」だけでなく「痛みの質」を聴き分けることで見逃しを減らせます(Klit et al., 2009; Turner-Stokes et al., 2002; Dyer et al., 2020)。
中枢性疼痛のヒント:
- しびれと痛みが同時にある
- 冷感・灼熱感がある
- 触れるだけで痛い(アロディニア)
- 数週〜数か月後に出ることもある
CRPS(複合性局所疼痛症候群)のヒント:
- 浮腫がある
- 皮膚温・色調変化がある
- 強い痛みと可動域低下がある
- 手まで広がることがある
CRPSは複数の所見が揃って初めて考慮されるものであり、早期対応が重要とされています。「痛みの質を聴こう」という姿勢が、見逃しを防ぐ第一歩です。
評価の順番:原因を分けるための5ステップ

「肩痛だから同じ評価」では不十分です。原因分類を先に行うことで、その後の介入がずれなくなります(Kumar et al., 2025; Turner-Stokes et al., 2002; Kalichman et al., 2011)。
評価は以下の5ステップで進めます。
- いつ痛い?:安静時・動作時・夜間痛を確認する。夜間痛は関節包病変の示唆になりうる。
- どこが痛い?:前・外側・後方、広がる痛みかを確認する。中枢性疼痛やCRPSの除外につながる。
- どう動く?:外転・外旋・肩甲骨の動きを確認する。肩甲上腕リズムの乱れや可動域制限を把握する。
- 何が重なる?:亜脱臼・痙縮・感覚障害の重なりを整理する。MAS・FMA-UEも活用する。
- 何で困る?:更衣・リーチ・移乗・歩行時の腕の扱いを確認する。生活上の制限を把握する。
評価ツールとしてNRS/VAS(痛みの強さ)、MAS(痙縮)、FMA-UE(上肢機能)、必要に応じてエコーによる亜脱臼確認が有用です。
予防と保存的リハビリ:痛みを増やさず使える肩を守る

介入の基本は「支持・教育・痛みのない運動」の3本柱です。痛みを我慢させた反復や勢いのある挙上は避けます(NICE, 2023; Dyer et al., 2020; Turner-Stokes et al., 2002)。
- ポジショニング:座位・臥位で腕を支持する。腕をぶら下げたまま放置しない。
- 介助指導:移乗で腕を引っ張らない。スタッフ・家族への教育が重要。
- 痛みのない範囲でのROM:肩甲骨を先に整えてから上肢を動かす。無理な外転を先行させない。
- 体幹・肩甲帯の安定化:土台となる体幹・肩甲帯の筋活動を引き出す練習を基本に置く。
- 日常の上肢使用:恐怖を減らし、使い方を再学習できる課題を設定する。
避けたいこととして、痛みを我慢した反復・勢いの強い挙上・粗な介助の3点が挙げられます。
研究からみた介入:何が有望か

複数の介入が研究されていますが、エビデンスは均一ではなく、万能な単独治療はありません。原因分類を前提に選択することが重要です(Lee et al., 2017; Deng et al., 2021; Xie et al., 2021; de Sire et al., 2022)。
- NMES/FES(神経筋電気刺激):早期の亜脱臼管理や痛み軽減に有望とされる報告がある
- テーピング:補助的に使える報告がある。単独での効果は限定的とされる場合もある
- ボツリヌス毒素A:痙縮優位の肩痛に有望。可動域拡大と痛み軽減の報告がある
- 注射・神経ブロック:症例選択のうえで検討される。長期効果については引き続き検討中
臨床での考え方は「原因分類→短期アウトカム設定→再評価」のサイクルです。全員に同じ治療をせず、その人の原因に合わせて選択します。
まとめ:肩の痛みは原因・評価・介入をつなげて考える

脳卒中後の肩の痛みは、「肩だけの問題」ではありません。
- 肩痛は「1つの病名」ではなく多因子で生じる
- 早期は支持不足・亜脱臼のリスクが高く、後期は痙縮や拘縮が要因になることもある
- 中枢性疼痛やCRPSも見逃さない
- 介入は原因分類→実施→再評価で組み立てる
「予防する→評価する→分類する→介入する」という流れが、肩痛に対する臨床推論の骨格です。見た目ではなく仕組みで考えることが、適切な介入の出発点になります(Dyer et al., 2020; de Sire et al., 2022; NICE, 2023)。


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