「蹴り出せていない」は原因ではなく観察です
歩行観察で「立脚後期の蹴り出しが弱い」「股関節が伸展しない」という記録をよく目にします。しかしこれは現象の記述であり、原因ではありません。
なぜ蹴り出せないのか。その答えは少なくとも3つに分かれます。原因が異なれば、介入の方向性も変わります。
この記事では、脳卒中後の股関節伸展不足・推進力低下を病態から整理し、評価と介入の考え方を解説します。
結論から言うと
脳卒中後の股関節伸展不足は、以下3つのメカニズムのいずれかまたは組み合わせで生じます。
- 腸腰筋の短縮・痙縮(股関節が伸展方向に動けない)
- 大殿筋の筋力低下(伸展方向への力が出せない)
- 立脚後期の体幹前傾不足(重心が前方に移動できず股関節伸展が引き出されない)
「蹴り出せない」という観察の背景を評価で掘ることが、介入の出発点です。

立脚後期の役割:推進力はここで生まれる
歩行の推進力(propulsion)の大部分は、立脚後期(Terminal stance)における足関節底屈と股関節伸展によって生み出されます。
正常歩行では、立脚後期に股関節は約10〜15°の伸展位に達します。この伸展位で腸腰筋が伸張され、弾性エネルギーが蓄積されます。それが遊脚期の股関節屈曲開始(プレスウィング〜初期遊脚期)の補助に使われます。
脳卒中後はこの立脚後期の股関節伸展が不十分になることが多く、結果として推進力が低下し、歩行速度が低下します。Patterson ら(2007)は、脳卒中後の歩行速度と推進力(麻痺側からの地面反力の前方成分)に強い相関があることを示しています。
原因1:腸腰筋の短縮・痙縮
脳卒中後の痙縮パターンでは、腸腰筋に過活動・短縮が生じやすいとされています。腸腰筋が短縮・緊張していると、立脚後期に股関節が伸展方向へ動くことを物理的に妨げます。
また長期の車椅子座位・臥床により、股関節屈曲位が持続することで腸腰筋の適応短縮が進みます。この場合、中枢性の問題に加えて末梢的な拘縮要因が重なります。
評価のポイント:
– Thomas test(背臥位で片膝胸部へ引き寄せ、対側股関節の屈曲が生じるか確認)
– 腹臥位での股関節伸展ROM(0°が確保できているか)
– 立脚後期の股関節伸展角度の観察(動画スロー再生)
介入の方向性:
– 腸腰筋のストレッチ(腹臥位・立位ランジ姿勢での持続伸張)
– 股関節屈曲位の長時間保持を避ける肢位管理
– ボツリヌス療法の適応を検討(痙縮が主因の場合)

原因2:大殿筋の筋力低下
大殿筋は股関節最大の伸展筋であり、立脚後期の推進力生成に直接関与します。錐体路障害後に大殿筋の随意的な出力が低下すると、十分な伸展トルクが生まれず蹴り出しが弱くなります。
大殿筋の筋力低下は視覚的に確認しにくいため、見落とされやすい原因です。立脚後期に体幹が前傾できずに直立したままになる場合、大殿筋の出力不足を疑う契機になります。
評価のポイント:
– 大殿筋MMT(腹臥位での股関節伸展、膝屈曲90°で実施しハムストリングスの代償を減らす)
– ブリッジ動作での非対称性(麻痺側の骨盤挙上が弱い)
– 立脚後期の体幹前傾と股関節伸展の連動の有無
介入の方向性:
– 大殿筋の選択的筋力増強(ヒップスラスト・腹臥位での股関節伸展)
– CKC(閉鎖運動連鎖)での股関節伸展課題(ステップアップ・傾斜面登り)
– 歩行速度を上げる練習(高強度での歩行課題が大殿筋活動を引き出す)

原因3:立脚後期の体幹前傾不足
股関節が解剖学的に伸展するためには、骨盤と体幹が適切に前方へ移動する必要があります。体幹が後傾したまま(または直立したまま)では、重心が股関節より後方にとどまり、力学的に股関節伸展が引き出されません。
脳卒中後は以下の理由で体幹前傾が不足します:
– 体幹筋(特に腹斜筋・多裂筋)の協調性低下
– 後方への重心偏位(pusher症候群ほど顕著でなくても存在する)
– 非麻痺側への過荷重による前方推進の不足
この場合、股関節や膝関節単独の評価では原因が見えてきません。歩行全体の重心移動を観察する視点が必要です。
評価のポイント:
– 立脚後期の体幹角度観察(矢状面:前傾が起きているか)
– 重心の前方移動量(足底圧またはビデオ分析)
– 非麻痺側立脚期における麻痺側の振り出しタイミング(遅れがあれば前方推進不足を示唆)
介入の方向性:
– 体幹前傾を促すキューイング(「前に倒れるように踏み出す」)
– 傾斜面歩行(前傾姿勢を引き出しやすい環境設定)
– 推進力を意識したトレッドミル歩行(後方引っ張りベルトの利用)

よくある誤解:「股関節伸展ストレッチだけすればいい」
腸腰筋のストレッチは必要ですが、それだけでは推進力は回復しません。
大殿筋の出力が低下している場合はストレッチと並行した筋力強化が必要ですし、体幹前傾の問題が主因であればストレッチの効果は限定的です。また、歩行速度が低い状態では大殿筋の活動自体が引き出されにくく、「ゆっくり歩く練習」だけでは推進力の改善につながりにくいことが知られています。
Bohannon(1987)は、歩行速度と下肢筋力の関係を示し、速度を高める練習が筋活動の質を変えることを示唆しています。
「蹴り出せない」の原因を3つに分けて評価した上で、それぞれに合った介入を組み合わせることが重要です。
まとめ

| 原因 | 主なメカニズム | 評価の核心 |
|---|---|---|
| 腸腰筋の短縮・痙縮 | 股関節伸展方向への可動制限 | Thomas test・腹臥位伸展ROM |
| 大殿筋の筋力低下 | 伸展トルク不足・推進力生成不全 | MMT・ブリッジ非対称・立脚後期観察 |
| 体幹前傾不足 | 重心前方移動不足による力学的制約 | 矢状面体幹角度・足底圧分布 |
「蹴り出せない」を見たとき、まず「なぜ蹴り出せないか」を3つの視点で仮説を立てる。それが評価の起点です。
参考文献
- Patterson SL, Forrester LW, Rodgers MM, et al. Determinants of walking function after stroke: differences by deficit severity. Arch Phys Med Rehabil. 2007;88(1):115-119.
- Nadeau S, Gravel D, Arsenault AB, Bourbonnais D. Plantarflexor weakness as a limiting factor of gait speed in stroke subjects and the compensating role of hip flexors. Clin Biomech. 1999;14(2):125-135.
- Olney SJ, Richards C. Hemiparetic gait following stroke. Part I: Characteristics. Gait Posture. 1996;4(2):136-148.
- Bohannon RW. Gait performance of hemiparetic stroke patients: selected variables. Arch Phys Med Rehabil. 1987;68(11):777-781.
- Perry J, Burnfield JM. Gait Analysis: Normal and Pathological Function. 2nd ed. Thorofare, NJ: SLACK Incorporated; 2010.


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